スライムさんすこしがんばる

このひまをどのように

弟について(よくある家庭の一風景)

なんとなく弟のことをつらつらと書こうと思った。




弟はみっつ下。ちなみに僕は男なので兄。
年少のころは仲が良かったとけど、もうそんなの僕も弟も思い出せないと思う。「仲が良かった」ような写真や文字的な記憶は確かにあるけど、今その匂いや雰囲気が全く思い出せない。


今、兄弟仲は全く悪くない(と思う…)。しかし良くもない。指標があるのだとすれば、±0という値がとてもしっくりくる。

なぜこうなったのか僕には全然わからない…気がしていたのだけど、実はわかるんじゃないか、と少し考えた。




一つは、プライベートで会う時間が小学校以降、ほとんど作れなかったこと。
 これは、お互いが少年サッカーをやっていて、土日は大抵練習か試合だったから。まあこれはよくある家庭事情というやつだろう。小学校のときはまだ少しはあったが、中学校にあがると皆無になった。


一つは、ずっと比べ続けられてきたこと。

 小中高校と、僕は結構お勉強ができたのである(今では見る影もないけど)。それに比べて、弟も悪くはなかったけど(学校全体では中位~上位にいたと思う)、僕に比べれば見劣りのする成績をとっていた。
 僕らの父はかなり勉強に関しては厳しい性格だった。そして結果主義者だった。よく口にしていたのは、「遊んでても何をしててもかまわんが、成績が落ちたらサッカーも遊びも全てやめさせる」だった。だけど普段は仕事が忙しくて夜遅くに帰ってきたし、あまり教育にはタッチしていなかったように思う。結構甘い人で、よく物を買ってくれた。
 実質の教育担当は母だった。計算ドリルを買ってきてやらせたり、毎日時間を決めて勉強させたり、まあいわゆる「教育ママ」だった(かなりソフトなほうではあったかもしれないが)。
 その教育ママは僕のときにはかなーりリキ入ってしつけていたけど、弟のときはかなーり手を抜いてしまった。母自身、それを申し訳ないと述懐していた。父もそんなところがあった。僕が怒鳴られたような行為を弟がしても、両親はやんわりとした注意で済ませることが多くなった。3年というタイムラグは人をこんなに丸くするのかと驚いたし、当時の僕は少しフンガイしたりもした。「僕のときはあんなに怒ったくせに!」

 カンタンに言って、弟の成績が僕に劣ったのはそのせいだろう。しかし、結果主義者の父は、勉強面では弟を怒った。父も人格破綻しているわけではなかったから、当然ことばに出してに僕と弟を比べたりはしなかった。弟を弟として怒っていた。でも、にじみ出る雰囲気を、家族は全員読み取っていたように思う。 

 僕が高校生だった一時期、弟の部屋で僕の写真が切り刻まれてゴミ箱に捨てられているのを見た。ショックだった。同じくらいショックだったのは、弟自身の写真も切り刻まれていたことだった。顔にバツを書いたりもしていた。今考えると、あれはかなり危うい状況だったように思う。弟は完全に自信を失っていたのだろう。
 弟は人づきあいが上手な方でもなかったから、きっと鬱憤を晴らす場所もなかったのだと思う。高校で楽しそうにやっている僕を見て、面白くなく思ったのかもしれない。それでも僕に対して直接何を言うわけでもなかった。両親に対してもだんまりを決め込んだ。本格的に会話が途絶したのは、僕が高校生の時だった。




一つは、僕が弟のことをまったく振り向かなかったこと。

 そんな状況なのに、僕は弟に何も声をかけてあげなかった。

 僕は結構他人に対してエンリョがちに振る舞う性質で、いじめにあうことも少なからずあったけど、それなりに友達もいた。小学校のときから、学校での僕の最優先課題は「空気を読む」ことだった。
 けれど、弟は違った。ゆるい躾のせいか、結構きままに振る舞っていた。しかし世間ずれしていないから、僕が「空気読めてないな」と思うことが多かった。小学校の当時、僕は年若の弟に対して厳しい目を向けていた。

 そこからどんどん会う時間が少なくなっていって、気づいたら弟は高校受験に失敗して滑り止めの高校に行き、口数は少なくなっていった。写真を切り刻み始めた。大学受験も失敗して浪人した。僕はどのときも、何も言うことができなかった。それ以外の面でも、僕は兄貴らしく学校での処世術とか流行りの音楽を教えるとかおさがりの洋服や物を上げるということは全くしなかった。きっとどこかで僕も、「弟より優れている」ことを感じていたかったのだと今にして思う。





 書いてみると、いろいろあったなあと思った。

 先日、弟が自分と同じ大学の同じ学部に合格した。浪人を始めてから、弟はよく話すようになったし、笑顔も見せるようになった。主な話し相手は母だったけど、僕ともTVを見ながらぽつぽつと話すようになった。
 僕は弟が復活したのを見て、本当にうれしいと思っている。ただの傍観者であったのだから、今更何を言おうとも思わないし、ましてやこれから弟に深入りする権利もない。ただの傍観者であった自分を許してもらおうとも思っていない(これはよくないのか?)。ただ、弟が楽しそうなのでよかったな、とそれだけ思う。

 きっと今はまだ早いけど、そのうち二人で飲みに行ってみたい。




思いつくままに書いたら、結果主義者の父と教育ママの母と、ヘタレの兄と大変だった弟の話になった。