スライムさんすこしがんばる

このひまをどのように

生まれ故郷に帰ってみた話

2年も前に書いた文章です



生まれたところに行ってきました。特に理由はありませんでした。

生まれてから5歳のあいだまで暮らしていた場所で、東北の地方のちいさな街です。6歳の誕生日に、東京の郊外に引っ越しました。理由は親の転勤。

—よくある話というやつで。


その地に用事などはなかったのですが、とつぜん無性に行きたくなりました。

先週に友人と飲んだ時に、生まれの話をしたからでしょう。普段出身の話をするときは面倒くさくて、東京の郊外出身です~・・・なんておざなりに話しているのですけれど。

友人と話した後、(ああそういえばあそこで暮らしていたのだ)という意識がどんどん強くなっていって、週末は予定も入れず、そこに行くのだと決めていました。

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土曜日。

新幹線で1~2時間。もう帰れないくらい遠いんだという幼少時の意識が残っていたのでしょう、ひどく簡単についてしまったことにおどろき、時間を持て余しそうで少し不安になりました。

何しろ小さいころだったので土地勘もなんも覚えちゃいないので、近くにあった小学校を目印にしました。そこからの道くらいなら覚えているかもしれないと思い、携帯で地図を確認しながら、地域住民に変な奴だと思われないように肩をすぼめて歩いていたら簡単についてしまったのでした。泊りのつもりで来たのに、今からでも東京に帰れてしまう・・・もったいないなと思っていました。

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家のとなりには床屋があって、よくそこの兄妹と遊んだものでした。殆どもうその記憶しか残っていません。幼稚園にも通っていたのですがその記憶はひどく薄く、きっと僕はそこがあまり好きではなかったのかもしれません。

「床屋のおうち」なら覚えていてくれるかもしれない、幸いまだ同じ人が住んでいるようだ―そんなことを考えてちらと床屋を覗きました。若い女性と初老の男性が座っていて、僕はあわてて目をそらし、床屋ではなく隣接した家屋の呼び鈴を鳴らしました。

床屋のほうからさっきの男性がでてきて、怪訝な顔で「なんですか」と尋ねました。こうこうこういう者です、近くに来たものですから挨拶に―と用意していた口上を述べると、なんだか半信半疑だという顔をして、それでも「ああ、―ちゃんかあ」と懐かしいイントネーションで僕の名前を呼びながら、床屋のほうへ招き入れてくれました。

変な男が来た、ということでいったん奥に下がっていたのでしょう、さっきの女性と母親が出てきてうれしそうに僕の名前を呼びました。彼女は僕とよく一緒に遊んでいた兄妹の妹のほうでした。顔なんか幼少時から十と数年も経てばわかるはずもなく、兄の名前のほうは覚えていたはずなのに、彼女の名前がなかなかでなくて少し申し訳ない思いになったのでした。

彼らは昔と変わらず朗らかに僕を招き入れてくれ、昔の彼らと僕を映したビデオテープをかけてくれました。当時の五歳児が十数年後に来たところで、話題がそれほどなかったというのが正しいのでしょう。それでも、ストーブを焚いた暖かい部屋でお菓子とお茶をくれて、ああ東北の冬の、室内のもわっとした暖かさはこうだったと、そういえば私は当時こんなふうによくお邪魔していたものだったと思いだして、安らかな気分でそこに居られたのでした。

床屋には休日の夕方だから、という理由では片づけられない寂しさのようなものが床屋のなかには薄く漂っていました。あの頃はもっと活気があったというのは幼少時の僕の記憶が正確ではないからなのか、それとも昨今の地方の事情を反映しているのかはわからずじまいでした。

私はなんとなく感傷にかられてここへ来たと言うことがどうにも恥ずかしく、いや友人がいるもので、近くへ来たついでなのですとしどろもどろに話していました。そうでも言わないとそこを退去するタイミングを逃して、なんとなく迷惑をかけてしまいそうだったから。